令和元年11月23日(祝)
どげんかせんといかん日本の慢性痛治療 ~その痛みをあきらめないために相互に連携を~
内容報告

《講演⑤》痛みに漢方治療を!


     平田ペインクリニック院長 平田道彦

 

 今日は、痛みに漢方治療をぜひ使っていただきたいというお話をします。

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■症例①心身の疲労をとる
 まずこの女性を見てください。非常ににこやかな70代後半の女性です。「先生は、顔色が悪いからリポビタンDでも飲んで元気になってください」と毎回、もってきてくれます。この女性が4週間前どんな様子だったかというと・・寝たきりでした。「全身が痺れる。痛い。眠れない。味もしないので食べられない。いろんな病院に行ったけれど、薬もたくさん飲んだのに治らない。こんなに痛くて痺れるのなら生きていても仕方がない」と訴えておられました。そこで、眠られない、食べられないことに着目して、いろいろな痛みもあるだろうけど、まずは心身の疲労をとってあげようということである漢方薬を処方すると、先ほどのほがらかな女性に生まれ変わりました。僅か4週間です。
 
■症例②心と体の両方を診る
この年配の女性は、ストレッチャー式車いすで診察室に入ってきました。背中や腰が痛くて起き上がれず、大きな声で「なんとかして、先生」と叫んでいました。MRIを撮ってみたところ、古い圧迫骨折の跡がなんと8か所もありました。見るだけで痛々しいMRI画像ですが、もう治っている骨折なので痛みの原因ではないと考えられます。背中の筋肉がものすごく緊張してしまって、それが痛みの原因になっているのではないかと考えました。それと、大声を出しておられているということは精神的緊張がありますので、このような状況になっているんじゃないかと考えました。そこで、筋肉の緊張と精神的な緊張を同時に弛める漢方治療をしました。2週間で、立位が可能になりました。やはり、心(精神)と体の両方を診ていくことが大切だとわかる症例でした。
 
■症例③頚椎からくる痛み
歯が痛い40代の女性ですが、8年前に歯が痛くなりました。色々な歯科治療を受けましたが痛みがとれませんでした。最近は寝られないくらい痛い。大学病院で専門的な治療も受けたが変わらない。抜いても痛みがとれないのだから原因は歯ではない。ということで、話をよく聞いてみると、交通事故で頚を痛めたことがあるとのこと。頚、頚椎からくる痛みがあると言われているので、頚の緊張をとる漢方薬と、ぽっちゃり型の体形を考慮した漢方薬を処方しました。1週間後、「痛みが10分の1くらいになり、鬱々としていた気分もすっきりしました。」と喜んで診察室に来られました。 
今日、頚の骨は多難の時代です。交通事故だけでなく長時間のスマホやパソコン、寝具、特に枕が合わない方もいらっしゃいます。頚をいためると首だけでなく、顔や歯が痛くなることも知っておいていただけるとよいと思います。
 
■症例④手術後の痛み
この方は、頚髄にできた腫瘍を手術でとった方です。60代男性で、8か月前に手術をしました。骨も削りましたので金属で固定してあります。その手術の後に、「左の腕が痛い、痺れる、麻痺があって握れない」という症状が出てきました。当然、手術した医者は、「あきらめなさい。腫瘍がとれたのだから良しとしなさい。」との仰りようです。腫瘍が神経に触っていたのですから、神経は傷つきます。腕に行く神経を傷めざるをえないのは仕方がないことです。ですから、漢方治療とは言ってもチャレンジのようなものです。頚の筋肉が緊張していると考えられるので、頚の緊張をとる漢方薬を使ってみました。神経の回復に良いとされる漢方薬がありますので、それも混ぜて使ってみるということをしました。長くかかりました。4ヶ月後「細かい動作がしやすくなって、痛みも和らいできた。」と話されました。
 
■症例⑤体質に注目する
この方は、50代の女性。2mの高さから転落し腰などを強打されました。右の腰から足にかけて激痛が走って身動きがとれない。ですが調べても骨折などはない。入院して詳しく検査しても痛みが全然取れない。痛み止めも効かないということで紹介されてきました。体質に注目し、いわゆる水太りの方なので、余分な水分を減らしていこうという漢方薬と、打ち身やねん挫によく効く漢方薬を処方しました。3週間後、元気に立つことができるようになりほぼ完治しました。どうして、こういうことが起こるのか私自身にもよくわかりません。ですが、西洋医学と東洋医学では、痛みとその治療の捉え方が違うということは言えると思います。

■西洋医学と漢方
 痛みがあると西洋医学では、鎮痛薬、鎮痛補助薬、神経ブロック、手術、リハビリテーションなどが使われます。治ればいいのですが、本日のテーマの慢性痛ということになるとそうはいきません。西洋医学的なアプローチだけではむずかしいことは、お気づきのことと思います。なかなか治らないだけではなく、場合によってはその痛みを更に大きくしてしまうということも起こっています。こういう状況ですので、「私はどこへ行ったらいいの」という痛みの難民になっておられる方が大変多いのではないでしょうか?
 漢方では、痛みを単純に考えません。痛みを抱える方の性格にも目を向けます。真面目で気が小さく、心配性の方は「この痛みを抱えて私はどうなってしまうんだろう」と毎日考えます。のんびり屋さんだったらそうは考えません。神経質な方は、「また悪い病気を引き起こすのでは」とか考えてしまいます。次に体質にも配慮します。冷え性の方、汗かきの方、血流の悪い方、消化管の悪い方はたくさんいらっしゃいます。それと生活も重要です。季節の変化、忙しさ、周りの理解、職場・家庭の環境、こういうものが痛みを取り囲んでいるのではないかと漢方では考えます。
ですから、西洋の鎮痛剤、鎮痛補助薬だけで治療しようとしても効かない、届かないのですね。でも漢方は、性格・体質・生活に考えを及ぼし、それらの影響をなるべく少なくして痛みをとっていこうという戦略です。漢方で治療を行うと痛みがとれるだけでなく患者さんが非常に元気でハッピーになります。
 
■人間の痛みに対してのアプローチを
ぜひ、痛みがなかなか治らなかったら漢方治療を試していただきたいと思います。「痛み」は、神経や筋肉や骨が痛いというだけではありません。ここにお集まりの方はすでにご存じだと思いますが、その人の体質、性格、生活、・・これまで抱えてきた歴史、現在の状況、将来に対する不安・・つまり人生といってもいいかもしれない、そういったもの全部含めてその方の「痛み」と捉える必要があります。そこに注目しないで慢性痛がとれるはずはありません。いろんな治療指針が出ていますが、そういったところにまで考えを及ぼしたものを私はまだ見ておりません。
ぜひ、日本の慢性痛治療が、人間の痛みに対してアプローチできるような形になってほしいと願っています。本日の企画はそのためにしました。
 
■最後に、漢方についての誤解を解く
最後に、漢方についてよくある誤解について話します。「漢方は長く飲まないと効かない」と皆さん言いますが、そんなことはありません。先ほど示したように早い人は二三日で効きます。「副作用がない」というのも嘘ですので注意が必要です。「漢方は高い」という人がいますが、幸いなことに日本では、保険適応になっており安く使うことができます。
 
 


※これは、各講演者の皆様のご講演をお聞きした内容を事務局(若園)が理解した範囲で文書化したものです。従って、ご本人の意図と違う内容になっている場合もあることをご理解の上お読みいただきますようお願いいたします。尚、この文書の一切の責任は、事務局にあります。

《他の講演などへのリンク》
主催者挨拶「その痛みをあきらめないために相互に連携を」
難治性疼痛患者支援協会ぐっどばいペイン代表理事  若園 和朗


講演① 「患者だからできること~慢性痛マネジメントの為のリハビリ生活とヨーガ~」
YOGINI ヨガと子供未来教室代表  新里 美帆


講演② 「暮らしの中の東洋医学 ~こころと体を調え、痛みを和らげる鍼灸~」
真央クリニック附属鍼灸室室長、長湯鍼灸院院長  成田 響太


講演③ 「慢性痛に対する遠絡療法の可能性」
国際医療福祉大学副学長、九州地区生涯教育センター長 外 須美夫


講演④ 「痛みと筋膜」
トリガーポイント研究所所長  佐藤 恒士


講演⑤ 「痛みに漢方治療を!」
平田ペインクリニック院長  平田 道彦